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きらめきおばけ

隣国のきらめく男子たちの記録

ピエロになりきれた人たちとなりきれなかった人たち

東ノ方カラ神ガ起キル

 

いつ見ても抜群のネーミングです。本当に心の底からワクワクする。というより、このグループを計画していた時の事務所のワクワクが伝わってくる。文字通り、アジアの東の方から神を起こす勢いで活動させ、事務所の夢と期待を一身に背負わされたグループでしたが、危ういな、と思っていたことがありました。

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ジュンス「小学4年生のとき、韓国でH.O.T.っていうグループがデビューして、そのステージを見てアーティストになりたいなと思った

ユノ「イム・ジェボムっていう韓国のアーティストを見て、僕も感動をあげたいなと思った」

ジェジュン「学校でバンド活動をしていて、歌が上手になったので練習生に入った」

ユチョン「アメリカに移住した時に色々な音楽に触れて、音楽に興味を持った

 

危うい…危うい…危うすぎる!!!!!!

この人たち、アイドルになるつもりでSMエンタに入っていないのです。正真正銘、アーティストになるつもりで練習生になっているのです。気持ちはわかる。12〜16歳くらいのバリバリ思春期の男の子たちにとって、男子アイドルほどくだらないものはないでしょう。そしてかの事務所は、アイドル以外にもBOAちゃんのような真正歌手や、トラのような真正バンドも所属しているグループです。でも私なんかは、ジェジュンや、あんた、そのお綺麗な顔で女の子をキャーキャー言わせてお金を稼いでいる時点で、アーティストじゃなくてアイドルなんだよ…というか、デビュー曲のHUGの時点で気付いてくれよ……とも思うのですが、彼らもアホじゃないので、半分くらいはアイドルの自覚はあります。要求されているアイドル的振る舞いもきちんとしている。しかし、選ばれた自信と、のし上がっていった経験、そして高いポテンシャル(特にジュンス)のため、半分くらいはゆうてもアーティストの気分でいる。デビューしてからも「あれ?なんか微妙にやりたいことと違うな」と思いながらもその違和感には目を瞑り、良いところを良いように解釈していたのでしょう。そしてそれができる最後の風潮が、東方神起初期のSMにはあったのでした。

 

SMPの名残

東方神起のデビュー前後は、たぶんまだ事務所のなかに濃厚なHOT成功の記憶があった。そしてHOT亡きあと、正統王道後継者として構成された東方神起は、HOTが社会を席巻したSMPを忠実に何年も守っていくのです。もちろんユ・ヨンジンがプロデュースを担当。私は今でも、SMPこそなくなりましたが、SMがここは絶対外せない!という勝負所のカムバの時は(特に男子グループは)未だに基本的にはユ・ヨンジンを当ててきているのでは?と妄想しています。

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SMPの特徴である強い社会風刺や人生に対する洞察に富んだメッセージ性の強い歌詞。オッサンたちの(おそらく過去に抱えていた)憤りを、上手く表現できるようになった今、若者に歌わせ、エンタメ性としての激しいダンスを添える。スーパージュニアもこの時期はSMPをやっています。

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カネ!カネ!

すべてがカネのこの世の中

閉じ込められた君 What is your mind

お願い周りを見て

絶望の気配が見えるだろ

 

Don't Don't もうやめて

偽善の仮面も脱ぎ捨てて

みんな待ってる

最後の希望まで捨てないで

 ドンドン最高か!

最高は最高なのですが、しかしこの曲たち、アイドル的グレーゾーンにおるのです。というのも、痛烈な社会風刺なので、単純な恋愛曲などよりもアーティスト性が強く、自分たちはアイドルではないという言い訳がしやすい。もちろんアルバム内にはアイドルソングもあるのですが、いかんせんカムバが全てという韓国の音楽市場の構造上…

そんなこんなで、正規1集〜3集の間ずっと、東方神起はSMPによる社会風刺によってアイドルとアーティストの間を彷徨い続け、ファンおよび事務所が求めるアイドル的価値と、自分たちが信じるアーティスト的価値の板挟みになっていきます。日本でも、ジャニーズがいるため王道アイドルという売り出し方はできず、エイベックスで倖田來未とコラボしたり、実態はアイドルなんだけど体裁はアーティストというジャニーズの隙間を突く形の商品展開をされます。そして、ちょうど人気がうなぎのぼりで上がるわ上がる、ついにPurple Lineで日本でもオリコン1位を取り、4集カムバを迎えるのです。しかし、1年8ヶ月の空白のちの4集カムバ時、韓国でSMPの流行は終わりを迎えていました。EDMには突入していない空白の時期。コンセプト性と中毒性の強い楽曲が求められる時期でした。

 

アーティスト性を極めてしまった4集

Miroticという最高の楽曲でのカムバを約束されていた彼らは、王道ゴリゴリのSMプロデュースの王様スタイルで韓国に凱旋します。Wrong Number、Hey!なども同様に、ゴリゴリの少女漫画ドS男子的アイドルソングでした。SMがプロデュースしたカムバの表面は、理想かつどこにもいなかった完璧なアイドルでした。

一方、自分たちはアーティストであるという自負のある彼ら。もちろん、カムバのために作詞・作曲をしまくります。ジェジュンはよく、20曲作って19曲ボツにして、一番よかった1曲を皆さんにお届けしてると言っていました。宿舎の部屋割りの話をするときも、必ず作曲の機材の話がでる。そのくらい、作曲は東方神起(当時)にとって切り離せないものになっていきます。

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ユチョの作曲能力は特に極まってましたね〜〜ミロコンのなかでも私がこよなく愛するパフォのひとつ。

作曲をすればするほど、アイドルからは遠ざかります。アイドルは、思ってもいない愛の歌や、空虚な歌詞を歌わさせられたり、本当の自分とはかけ離れた演技をしながら踊ったりしなければなりません。俺、本当はちがうねん!!本当はこういうこと考えてるねん!!という彼らの心の声が聞こえてくるようです。

当時20歳そこそこですし、みんな同様のことは思っていると思います。それを押し殺しながらアイドルを務めている。しかし、特にその傾向が強かったのが、アメリカ帰りでSMの縦社会に馴染めず、アイドル文化とも縁遠かった繊細ユチョン、圧倒的に独自かつ独特の世界観を持つ芸術家肌のジェジュン、そして、歌もダンスも極上、ぶっちゃけソロでもパフォーマーとしてやっていけそうなSM屈指の実力派のジュンスでした。ミロの圧倒的な成功、賞レースの総ナメという経験を経て、心の声を押し殺すことができなくなったのではないかと思います。

 

決別、その後

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僕はピエロ 本当に笑わせる

君に全てを捧げる しがみつくmy mind

僕の目の前にはout brow

お金の前には何もない

君は完全にpro

思うままにp.s.m.

まだ幼い僕に また

どんな事をしようというの また

 

no just do not touch me

I'm not a pierrot

もっと広い空を背にしていきたい

自由を知りたい

もっと高くfly fly

僕だけの考えがある

僕だけの人生がある

監獄みたいなあの時を思い出したくない

永遠にbye bye bye

ジェジュン作詞。いや、言及してはいないですが、誰がどう見てもSMのことですよねこりゃ…という。正直、騒動へのメッセージ性の込め方は、ユ・ヨンジンのWhy?の方が100枚くらい上手です(当たり前)。この曲はJYJ擁護派と軽蔑派の論争の火種によくなっていましたが、私は初めて和訳を目にしたとき、ジェジュンに同情するでもなく失望するでもなく「うん、そうだったんだね」という感想でした。

 

東方神起の空中分解の原因は、金銭問題(と契約問題)であったというのが現状の通説ですし、おそらく直接的原因はそれらでしょう。しかし、その裏にうっすらとねっとりと横たわっているのは、このアーティストとしての自負と、ビジネスとして求められるアイドル的価値の乖離だったのではないかとずっと思っていました。そうでなければ、あんなに急速におかしくなるわけがない。

ちなみに、アーティストとアイドルの間で苦悩したのは東方神起だけではありません。キム・ヒチョルも、おそらくアイドル的パフォーマンスにどうしても馴染めなかった一人です。初期曲なんて、全然似合わないゴリゴリの曲なのに顔が良いのでパートを結構与えられていますが、ライブではちゃんとやっているところを一回も見たことがない。歌いもせずにわざと口パクなところを見せつけて、自分流に適当にアレンジして、自分の美意識に沿うように作り変えています。どうしても嫌になってしまった3集の頃は、曲自体に参加せず、最後に出てきて挨拶程度のパートと、個性的な感じの役回りをして終了。でも、スーパージュニアではこの柔軟かつ適当なパフォーマンスが許容されたので、ヒチョルはアイドルとしても生存することができました。

一方、東方神起は人数は少ないのでごまかせないわ、全員に完璧なパフォーマンスが求められるわで、ヒチョルのようにSMエンタの支配を上手くかわして逃げることはできなかった。ゼロか100かしかなかったのです。情に厚く一度家族だと思ったらトコトンまで大切にするユノと、従順かつ慎重かつ賢く、アーティストとしての主張がそこまで強くないチャンミンは100の支配を選びました。アイドル性の支配から逃れたかった3人は、決別を選びました。それだけの話です。

 

そういう点では、アーティストに振り切っているBIGBANGおよびそれを許容するYGエンタ、そしてメンバー全員にアイドルとしての圧倒的最強の割り切りがあるSUPER JUNIORは、とっても安心して見ていられるグループなのです。

私は東方神起での辛く悲しい経験を経て、アイドルとしての割り切りがないグループは辛くなってしまうので見ない、という気持ちになってしまいました。若いグループは、そのあたりの自意識の揺れ動きが激しくてグラグラして、見ていて辛くなってしまうのです。SMエンタおよびアイドル育成をしている周辺事務所が、デビューする子たちに、お前らはアイドルなんだよ…という洗脳をするくらいの勢いでやっていただければ、それが人道的にいいことか悪いことかは分からないけれども、このデビュー後ボロボロになっていく感じがちょっとはマシになるのではないかと思っています。ですが、そのあたりのきちんとした教育がない割には求められる歌とダンスのレベルは歌手並なこともしばしばで、なんだかよくわからないうちにデビューした結果、自意識とアイドル像のせめぎあいになってしまう。そして私は「これ…既視感めっちゃある…」となってしまい、どうにもこうにも熱中できないのです。

しかし、ここにきて超大型新人アイドル・セブンティーンにはよく分からないがデビュー時からアイドルとしての圧倒的割り切りがあることが発覚、ということでセブチには安心してどっぷり浸かることができました。

 

本当は一個の記事にしたかったのですが、スーパージュニアのお兄様方の超脅威的な圧倒的アイドル割り切りぶりおよび、それが長寿につながっている点と、セブチの新人らしからぬスーパーアイドル割り切りぶりの話は長くなりそうなので続きます。